ダメなセルフカバー・再録アルバムとは?Arch Enemyの"Root Of All Evil"をディスってみる
メタル・ラウド系6弦ベーシスト
轟音ファクトリーのSUMI-chang(すみちゃん)です。
はじめに
2017年8月に発売されたムックの再録&リマスター版「痛絶」「葬ラ謳」。往年のムッカーたちにも概ね好評らしく、ファンであるうちのリーダーkenjideath(けんじです)も、先日会って話したときにえらく興奮しておりました。
こういったセルフカバーを発表すると必ず「オリジナルの方がいい」というファンが一定数おり、絶対的に支持される再録アルバムっていうのはそう多くない。それなのになぜかセルフカバー・リマスターをやりたがるバンドは後を絶ちません。
kenjideathとの話の流れで「最もダメなセルフカバー・再録は何か?」という話題になりました。我々2人の小さな脳みそとメタルに偏った音楽知識によってはじき出された答えが、今回紹介するArch Enemy(アーチ・エネミー)の"Root Of All Evil"です。
失礼ながらそのダメさ加減(※バンドがダメなのではなく、あくまで「アルバム」がダメなんです)と、セルフカバー・再録アルバムが陥りがちな罠について書きます。
Arch Enemy(アーチ・エネミー)とは
アーチ・エネミー(Arch Enemy)は、スウェーデン出身のメロディックデスメタル・バンド。 北欧の実力派ギタリスト マイケル・アモット等が在籍し、デスボイスの女性ボーカリストを擁する事でも知られる。
元Carcassのギタリスト、マイケル・アモットが率いるメロデスバンド。昔は「アーク・エネミー」ってみんな言ってたんだけど、最近は「アーチ・エネミー」って言うらしい。おじさんにはすごい違和感あるよ。
メロディックかつ激しいバッキングと、デスヴォイスを使いこなす女性ヴォーカル、北欧独特の哀愁感と、非常に日本人メタラー受けするサウンドで人気を博しています。先日新作"Will to Power"も発売、現役バリバリのメタルバンドです。
洋楽バンドにありがちなメンバー交代劇もありまして、ヴォーカルが
- 1996~2000年までをヨハン・リーヴァ(男性)
- 2000~2014年までをアンジェラ・ゴソウ(女性)
- 現在は元The Agonistのアリッサ・ホワイト=グラス(女性)
といった具合になっています。
特に2代目ヴォーカルのアンジェラ加入時には、当時まだ珍しかったデスヴォイスを使う女性シンガーとして注目を集め、バンドとしても一気に知名度を上げた印象があります。
今回紹介する「ダメ再録」は、そんな2代目ヴォーカルアンジェラ・ゴソウ時代のものです。
ダメな再録アルバム代表"Root Of All Evil"
再録の主旨としては「初代ヴォーカルのヨハン在籍時の1st~3rdアルバム代表曲を、アンジェラ・ゴソウ時代のメンバーで録り直す」といったもの。初期のデスメタル色の強い曲たちを、当時の最新メンバーと最新録音技術でもってさらに磨きをかける、という魂胆。前評判とCDの帯に釣られて買った覚えがあります。
とりあえず聴いていただきましょう。3rdアルバムより"The Immortal"
▼原曲(Vo.ヨハン・リーヴァ)
▼再録(Vo.アンジェラ・ゴソウ)
…いかかでしょうか。
ダメポイント1・テンポ
遅い。オリジナルの曲よりも遅い。スピード感が命の楽曲ばかりなのに、なぜテンポを落としたのか理解に苦しむ。もともとの曲のかっこよさを知っている人ほど、煮え切らない思いを抱えながら聴くことになる。僕は耐えられなかった。
ダメポイント2・チューニング
高い。オリジナルよりも半音高い。おそらくアンジェラ加入後の楽曲に合わせる形でチューニングを上げたんだと思いますが、重さが命の楽曲が完全に死んでいる。オリジナルを知らないで聴けばどうってことないのかもしれないが、1st~3rdアルバムを聴き込んだファンなら間違いなく出だしで「?」となるはず。
バンドとしては、ライブでの演奏性も考慮して「半音上げチューニング(ドロップC)を基本にしたかった」という意図もあったのでしょうが、ファンにしてみたらそんなことは問題ではない。かっこいいか・かっこよくないか、それが大事なんです。
ダメポイント3・ヴォーカル
アンジェラのヴォーカルとヨハンのヴォーカルの方向性が違いすぎて、初期の楽曲の良さを生かし切れていない。
「巧さ」で比べるなら、はっきり言ってアンジェラの方が巧いし、リズム感や攻撃性の面で彼女がバンドにもたらした恩恵も大きい。しかし初期のArch Enemyの魅力は「ヴォーカルとバッキングの対比」にあると僕は思っている。ガチガチのリフとツーバスに支えられたヨハンの「攻撃的だけどアンバランスでときに弱さすら感じる」ヴォーカルが好きだ。リズムもよたってるし、表現の幅もそこまで広くないけれど、ヨハンにしか出せない「味」が魅力的で、ありきたりなメロデスバンドとの違いでもあった。
アンジェラのヴォーカルは、たしかにインパクトはあるしリズムもばっちりなんだけど、味気ないというか物足りないというか…あんまり言うとアンジェラ批判になってしまいそうなので一応フォローさせてもらうと、彼女のヴォーカル・ライブパフォーマンスも好きです。ただファンが期待していたバンド初期の「情感」みたいなものは、やはり当時のバンドメンバーにしか出せないものなんだと再認識しました。
ダメポイント4・ギターソロの改変
これは数ある他のセルフカバーにも言えることなのですが、過去のギターソロではなく「今の俺が弾くなら」というギターソロになってしまっていること。アモットの「泣き」がより強調されたソロが耳に付きます。
先ほど指摘したチューニングの件も相まって「そこじゃないんだよなぁ」という、ファンの期待とアーティストのやりたいことがすれ違ってしまった残念なセルフカバーになっていると感じます。みんなが聴きたかったのは新しいギターソロじゃなくて、あくまで当時の雰囲気のあるギターソロなんですよね。だったら再録なんて最初から聴くなという話になってしまいますが…。
再録・セルフカバーが陥りがちな罠
散々アーチ・エネミーのセルフカバーアルバムをディスってしまいましたが、こういう再録アルバム問題ってどのバンドのファンにも起こりうることですよね。どうやったらファンもアーティストも納得のいく再録・リマスターができるのかちょっと考えてみました。
テンポ・曲のキーは変えちゃダメ
曲のもっている雰囲気って、テンポが違うだけでガラッと変わります。曲のキーを変えるなら尚更です。(ライブでの半音下げやカラオケの問題はちょっと置いておいて)
ファンが求める再録の最低条件として、テンポや曲のキーは原曲に忠実であるべきだと考えます。あえてチューニングダウンして、さらなる重さを追求するという明確な目的がある場合は別です。Dir en Greyの「残」なんかは、再録で成功したいい例じゃないでしょうか。
「今の俺たちにできること」を詰め込んじゃダメ
アーティストが再録したがる理由のひとつに「今の俺たちなら」っていう思いが必ずどこかにあると思う。それは演奏力だったり、曲の解釈だったりするわけですが、そういうアーティストのエゴを詰め込みすぎるとファンとのすれ違いが起きてしまう。
再録アルバムを買うファンの心理としては「当時の感動・興奮をもう一度買いたい」って思いが非常に強い。でもアーティストとしては「当時と同じモノ」を売るつもりはないし、むしろ変化を見てほしいと思うもの。双方のバランスが難しく、それゆえ再録アルバムはいつの時代も賛否両論なんでしょうね。
※話は少しそれますが「過去作の改変」といって思い浮かぶのはスター・ウォーズ。旧三部作の特別編を公開した際に、監督のジョージ・ルーカスも熱狂的なファンから「余計なことするな」とバッシングを浴びました。
おわりに
最近めっきり「新しい音楽」に飛びつくことが少なくなりました。CDが売れない今の世の中、アーティストとしても過去の遺産を活用できる「再録」を使わない手はありません。ファン心理とアーティストの思いの間で揺れる「再録アルバム」は、これからもきっと話題を提供してくれることでしょう。いい意味でも悪い意味でも。